2022年2月に始まったロシアによる突然のウクライナ侵略は、「コロナ後」への移行を模索しつつあった世界に多大な衝撃を与えた。上向き加減の世界経済は再び混乱へと逆戻りである。常軌を逸したかに見えるプーチン大統領の突然の決断に対して合理的説明を求めても解答を見いだせない西側世論は、やむをえずプーチン発狂説や病気説などに訴える。だがそうはいうものの、それもまたすわりが悪い。
そこで、プーチンの意図はさておき、西側世論は、これを独裁者プーチンと西側の自由や民主主義との戦争である、と規定する。プーチンの侵略は、ただウクライナ一国ではなく、自由、民主主義、人権、法の支配などの「国際社会」への攻撃だという。
そういわれると何やらつい第二次世界大戦、日本でいえばあの「大東亜戦争」を思い出してしまう。あの戦争もまた、連合国からすれば、ドイツや日本というファシズム国家による自由や民主主義への挑戦であり、それこそ平和愛好的な「国際社会」への侵略であった。それは全体主義・独裁に対する世界の自由や民主主義を守る戦いであった。
ドイツはともかく、果たして日本は、ポツダム宣言でいう、軍国主義的な指導者による「世界征服の挙」に出たといわれれば、われわれは首をかしげたくなるが、これがアメリカの歴史観というものである。連合国の中には、ソ連も中国(当時は蒋介石の中華民国)も入っているなどと異議を唱えても仕方ない。戦争の勝者アメリカからすれば、第二次大戦は、自由や民主主義という「文明」を守る戦争であった。その後、アメリカは常にこの「文明」の守護者を任じてきたのである。
――(「ひらく⑦」巻頭言より抜粋)
 
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【寄稿者】
佐伯啓思(さえき・けいし)
1949年奈良県生まれ。東京大学経済学部卒業。滋賀大学、京都大学大学院教授などを歴任。現在京都大学名誉教授、京都大学こころの未来研究センター特任教授。著書に『隠された思考』(サントリー学芸賞)『「アメリカニズム」の終焉』(東畑記念賞)『現代日本のリベラリズム』(読売論壇賞)『倫理としてのナショナリズム』『日本の愛国心』『大転換』『現代文明論講義』『反・幸福論』『経済学の犯罪』『西田幾多郎』『さらば、民主主義』『経済成長主義への訣別』『「脱」戦後のすすめ』など。近著に『「保守」のゆくえ』(中公新書ラクレ)『死と生』(新潮新書)『異論のススメ 正論のススメ』(A&F出版)など。