「ニムロッド」とは何か

佐伯 今回は芥川賞、おめでとうございます。私は小説は好きなんですが、この頃は時間がなくてなかなか読めず、今回、久しぶりに芥川賞の小説を読ませていただきました。
上田 ありがとうございます。光栄です。
佐伯 感想ですが、まずとても不思議な感じがしました。多くの小説は、自分の生活圏を軸に、友人、家族、仕事、恋愛、そこでの出来事などを題材にしてストーリーを作る場合が多いと思います。上田さんの作品はそういった類のものとは全く違います。どのように言ってよいか、私小説風のストーリーではなく、象徴的なイメージ、時には神話的な含意を伝える、そういう小説だと感じました。とてもユニークですね。特に後半になるととても面白くなっていき、「どこに着地するんだろう」と思わせる、「上田ワールド」みたいなものに引き寄せる力があると思いました。どうして、このようなユニークな小説を書かれたのか、動機、きっかけをお聞かせ願えますか?
上田 私は『太陽』という作品でデビューしました。これは、SF×純文学という色合いがすごく強いものでした。粗筋を説明させていただくと、太陽を使った錬金術が完成して、地球全てが金になるというものなんです。現代社会を舞台にしながらも、すごく大きなテーマで小説を書いていました。『ニムロッド』もテーマは大きいんですが、『太陽』の頃から引き継いでいるような、ある程度のストーリーラインのようなものはしっかりとありました。ただ、今回の『ニムロッド』はより一層、純文学に接近させています。SF的なところから、リアリズムに寄せた分、冒険ができるようになったと思います。
佐伯 『太陽』も読ませていただきました。今回の『ニムロッド』も太陽に向かって飛んでいく、という話が最後にでてきますね。太陽は何か完全なものの象徴であり、あらゆる力や富の究極であると同時に、核の象徴でもあり、「金(きん)」も表象している。『ニムロッド』にはこれ以外にも神話的な要素がたくさん入っていますね。
上田 金とか太陽には、何か究極のもの、というイメージがあります。『核』もそうかもしれません。個人的には腑分けしてくと、そういったものが同じカテゴリーの中に入っていくんです。

続きは本誌をご覧ください

【寄稿者】
上田岳弘(うえだ・たかひろ)
1979年兵庫県生れ。早稲田大学法学部卒業。2013年「太陽」で第45回新潮新人賞を受賞し、デビュー。2015年「私の恋人」で第28回三島由紀夫賞を受賞。2016年「GRANTA」誌のBest of Young Japanese Novelistsに選出。2018年『塔と重力』で第68回芸術選奨新人賞を受賞。2019年「ニムロッド」で第160回芥川龍之介賞受賞。著書に『太陽・惑星』『私の恋人』『異郷の友人』『塔と重力』『ニムロッド』がある。
佐伯啓思(さえき・けいし)
1949年奈良県生まれ。東京大学経済学部卒業。滋賀大学、京都大学大学院教授などを歴任。現在京都大学名誉教授、京都大学こころの未来研究センター特任教授。著書に『隠された思考』(サントリー学芸賞)『「アメリカニズム」の終焉』(東畑記念賞)『現代日本のリベラリズム』(読売論壇賞)『倫理としてのナショナリズム』『日本の愛国心』『大転換』『現代文明論講義』『反・幸福論』『経済学の犯罪』『西田幾多郎』『さらば、民主主義』『経済成長主義への訣別』『「脱」戦後のすすめ』など。近著に『「保守」のゆくえ』(中公新書ラクレ)『死と生』(新潮新書)『異論のススメ 正論のススメ』(A&F出版)など。