最初の作品

横尾 このところどんどん難聴がひどくなってきて、普通の会話が全然できないんです。10年前にお会いした時には、頭の中でセミ100匹くらいが常に鳴いている感じだと申し上げましたね。あのときは難聴じゃなくて、耳鳴りだったんですが……、今は耳がほとんど聞こえなくて。去年ぐらいまではホワイトボードで会話してたのですが、だんだんひどくなってきて。補聴器はたくさん持っていますが役に立たなくなってきたんです。だから、これはテレビ局のほうで調達してもらって、一般には使わないものらしいのですけども、この間からやっとこれで会話ができるようになりました。
―― 高性能ですね。
横尾 これは高性能です。
―― 2021年から22年にかけて、横尾さんの大規模な作品展が東京都現代美術館をはじめ全国で開催されました。「回顧展」としての意味合いもあり、そこから先生の目に映っている戦後風景を、お聞きしたく思います。
横尾 うまく話できるかどうか、あんまり自信ないですけどね。
―― たとえば「想い出と現実の一致」(1998)を見てみましょう。この作品の中で、横尾少年が佇んでいて、父親が呉服の商売をなさっている光景を眺めているわけですが。
横尾 少年っていうよりも、まだ幼児ですね。実際、こういう光景は僕の頭の中にずっと住み続けているわけです。父親が呉服商を生業にしていた。卸商をやってて、それで町の料亭とか、旅館とか、カフェ、そうしたところに反たん物ものを持って行商してたのです。いつも僕を自転車に乗っけて連れて行ってくれて。おそらくこういう感じだったのだろうなという、今になっての記憶ですね。その当時の記憶はあんまりないんです。なんとなく当時の空気感を絵にしたのですが。
 1歳から19歳までの期間、そんな時間の中で自分の人格が形成されていくわけです。それ以降の二十歳からの時間は、知識とか情報とか社会的な決め事、社会的常識で埋められていくわけでしょ。だから、僕の本質的な性格は10代の濃密な時間経過、そこにすべて語られてる気がします。それをこの歳になって、少しずつ記憶を手繰り寄せたり、体験を手繰り寄せながら語っていく。それが僕の仕事かなって考えている。だから創作の原点はやっぱり10代が全てです。その記憶がほとんどすべての作品の根底に流れてると思いますね。
 
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【寄稿者】
横尾忠則(よこお・ただのり)
美術家。1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国の美術館で個展を開催。2012年、神戸に横尾忠則現代美術館開館。2013年、香川県豊島に豊島横尾館開館。11年に旭日小綬章、同年度朝日賞、15年高松宮殿下記念世界文化賞、令和二年度東京都名誉都民顕彰ほか受賞・受章多数。著書に『ぶるうらんど』(文藝春秋 泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、『原郷の森』(文藝春秋)ほか多数。横尾忠則現代美術館にて「横尾忠則 寒山拾得への道」を開催(2022/7/18まで)。
 
佐伯啓思(さえき・けいし)
1949年奈良県生まれ。東京大学経済学部卒業。滋賀大学、京都大学大学院教授などを歴任。現在京都大学名誉教授、京都大学こころの未来研究センター特任教授。著書に『隠された思考』(サントリー学芸賞)『「アメリカニズム」の終焉』(東畑記念賞)『現代日本のリベラリズム』(読売論壇賞)『倫理としてのナショナリズム』『日本の愛国心』『大転換』『現代文明論講義』『反・幸福論』『経済学の犯罪』『西田幾多郎』『さらば、民主主義』『経済成長主義への訣別』『「脱」戦後のすすめ』など。近著に『「保守」のゆくえ』(中公新書ラクレ)『死と生』(新潮新書)『異論のススメ 正論のススメ』(A&F出版)など。