二人の日本画家

 ブックデザイン(装幀)は、その始まりの頃には画家が手がけていた。橋口五葉(ごよう)の『吾輩ハ猫デアル』(夏目漱石 著)、小村雪岱(せったい)の『日本橋』(泉鏡花 著)はじめ、多くの画家がブックデザインに関わっている。やがて1960年代以降はグラフィックデザイナーが専門的にブックデザインに携わるようになった。つまりブックデザイナー(装幀家)の誕生である。1970年に始まった講談社のブックデザイン賞の初期に名を連ねる亀倉雄策、杉浦康平、勝井三雄、田中一光といった人たちがブックデザイナーのフロンティアである。
 ブックデザイナーは画家ではないので、他者が作った絵画、写真、図像や文字などを素材にデザインをするが、中には横尾忠則さんのように自分で描いた絵画を使って日本的なブックデザインをする異色のデザイナーもいる。1980年代からは平野甲賀、戸田ツトム、菊地信義の各氏を筆頭に多くのブックデザイナーが輩出して現在に至っている。僕もそのはしくれである。 このところブックデザイン史の本が何冊も出版され、ブックデザインと文化や経済との関わりが見えてきて興味深い。
 今では装画(本の表紙絵)を描くのは主にイラストレーターである。単行本から文庫本まで、多くの装画を描いている。イラストレーターの年鑑まであり、数えあげることが出来ないぐらいにイラストレーターは多い。装画だけでなく、ポスター、雑誌、パンフレットと需要は多岐にわたっている。装画を専門に描くイラストレーターもかなりいて、売れっ子は注文から絵が出来るまで二、三ヶ月待ちの状態になっている。
 僕も何人ものイラストレーターに絵を依頼している。売れっ子は多くの出版社で装画を手がけているので、依頼する際に重複がないか注意するが、新人小説家を売り出すためには重複しても売れっ子のイラストレーターを使うこともある。現代小説のブックデザインを多く手がけている鈴木成一さんはイラストレーターになりたい人のための塾をつくり、優秀なイラストレーターの絵をブックデザインに使って世に送り出している。すごいエネルギーである。ブックデザインの注文が数多いので自ら発掘せざるを得なかったのかもしれない。装幀の素材に困ることはなさそうで、うらやましい限りである。

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【寄稿者】
芦澤泰偉(あしざわ・たいい)
静岡県出身の装幀家。第10回『毎日現代美術展』入選。1991年 『思潮社と芦澤泰偉の装幀展』(王子製紙・銀座ペーパー・ギャラリー)、1996年 『四・六の力 芦澤泰偉装幀展』(王子製紙・銀座ペーパー・ギャラリー)、2003年第37回造本装幀コンクール展で『武満 徹全集』の装幀で経済産業大臣賞受賞。2005年第2回横浜トリエンナーレ(現代美術展)でアートデレクションを手がける。2018年、第49回講談社文化賞ブックデザイン賞受賞。