昔は小学校に上がると字を習う前に、ナイフで鉛筆を削ることを教わりました。鉛筆がなかったら字を書くことができないわけだから、当然至極の順序です。ナイフは真鍮ハンドルの肥後守、刃が折りたたみ式で、ハンドルの中に刃が収まり安全に持ち歩くことができました。使うときはレバーで刃を起こし、このレバーのおかげで強い力を入れて使用しても何ら問題なく安全でした。
簡単にオモチャが買える時代でなかっただけにガキ大将を中心に野山で遊ぶときには、チャンバラごっこの刀を、ナイフで木の枝を削ってそれらしく作ったり、竹とんぼ、パチンコ、竹馬など、遊ぶ道具はすべてナイフで作りました。時には誤ってナイフを滑らせ指を切り、出血することもありましたが、傷口を強く押さえ心臓より上にしているとやがて血が止まることも自然に覚えました。百草の枯れ葉をもんでできる綿状のものを、脱脂綿の代わりに傷口に当てることなども山野で学んだことです。
切り傷の痛みにより、ナイフの怖さも身をもって知り、取り扱いには細心の注意をするようになりました。
そして様々な木を切り刻むことで、どの木が硬い木か、削りやすい柔らかい木かを知りました。その時、切れない刃物は仕事を進める上で 能率が悪いし、刃が木に食い込みにくく、滑って危険であることや、やがて砥石で研げば鋭い刃に戻ることも覚えました。
たった一本のナイフから実に多くのことを学び、物を作り出し創造する喜びを感じたものです。
自然の中で過ごしたこうした体験は、ナイフの限りない可能性と、人間の根源に遡る自然の尊さを大事にする心を育んでくれた気がします。

続きは本誌をご覧ください

【寄稿者】
赤津孝夫(あかつ・たかお)
1947年 長野県生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。1977年アウトドア用品輸入卸業のA&F社創立、2013年出版事業を目的にA&FBOOKS設立。『スポーツナイフ大研究』(講談社)『アウトドア200の常識』(ソニーマガジン)『アウトドア・サバイバル・テクニック』(地球丸)の著書がある。